ジーン・ウェブスター作。谷口由美子訳。岩波少年文庫。
「あしながおじさん」って、もう普通名詞になっているぐらい、有名な作品。
「あしながおじさん」といえば、大学の学費を出してくれて、ジュディを孤児院から抜け出させてくれて、ドレスとかストッキングとか手袋とか買ってくれて、でっかい花束やチョコレートを贈ってくれて、休暇もプレゼントしてくれて、ヨーロッパ旅行に誘ってくれて、ってこんな細部まで何をくれたか、普通は覚えていないだろうけれども(笑)。
ここだけを見ると、王子様以外の何物でもないのだけれども。そして、「あしながおじさん」という単語はこういう文脈で語られることが多いのだけれども。
そういう部分が80パーセントの印象を形作っているのだろうし、私だってそこは大好きなんだけれども。そこだけを見るのはやめてほしい、それだけの物語だと誤解しないでほしい、というのを声を大にして言いたい。(誰に!?)
孤児院ではジュディは小さい子たちの面倒をよく見ていて、家事も素晴らしくできて、成績も良い。ここも、まあいいとして。
それでも、環境の力ってすごい、環境の力って大切、と思ったのは、
孤児院で院長先生のことをボロクソに言ったりして、固い蕾のようだったジュディの強い意志、不屈の精神、忍耐力などが、謎の紳士の存在によって家族愛とでもいうようなものを知り、ユーモアやおしゃべり、ジュディの本来の良い性格の部分を開花させ、持ち前の勤勉さなどとあいまってマイナスを耐える部分も、プラスを伸び伸び成長させる部分も、満開に花開いていくところがすごい。
謎の紳士が学費を援助してくれる条件として謎の紳士宛てに手紙を書くこと、というのがある。ジュディは家族が出来たようで嬉しく、求められている頻度以上に手紙を書くのだけれども、相手からの条件として、返事は出さないと決まっている。それでも、こんなに手紙を出しているのに返事をくれないのはひどい、とジュディが思いつめたり、怒ったりもする。
この手紙に、ジュディらしさが隠し切れず怒涛のようにあふれていて、ジュディ節全開なのだ。手紙っていいなぁ。本音で語れる関係っていいなぁ。と
しみじみ感じる。(ジュディの場合、一方通行ではあるが。返事がないので)
そして、この謎の紳士も、ジュディに返事こそ送らないが、折に触れて手紙の回答であるかのような贈り物を時宜を違えず届けてくれる。それだけで、ジュディは返事をもらったものと受け止め、心を解いていく。
この関係がまた素敵なのだよ。よくよく考えれば相当な変人なんだけど。この謎の紳士は。まあ、すごい人って、こういう変なところ必ずあるのかも。
(誰にでもあるか。変なところは)
ジュディはある時、ボーイフレンドから誘われ、ボーイフレンドの田舎に長期休暇の間行ってくるとあしながおじさんに手紙で報告したところ、速達みたいな感じで執事から返信がくる、休暇は行かずに勉強すること、みたいな命令を受け、怒って反抗したりする。
奨学金を勝ち取ったからもうおじさんからの学費の援助はいらない、とまで決裂しそうになる。
このあたりの駆け引きというか、丁々発止のやり取りがまたいい。
お金出してもらってるから黙って従う、でもなく、いつも世話になっているから仕方なく従う、でもなく、個人として自由を認めてくれないなら、もう世話にはならない、という意志もはっきり伝えたりする。
ジュディがジュディらしく花開いていく中で、ジュディと謎の紳士の力関係はどんどん対等になっていく。そこが、すごく見どころ。
そして、もちろん恋愛小説でもあって、クライマックスも最高にすてき。
『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター作 谷口由美子訳 岩波少年文庫 2002年